随分と失恋を引きずったことがある人には響くかもしれない。andymoriさんの「Sunrise&Sunset」の歌詞を鑑賞していこう。というかいい曲だからひとまず聴いてみて。
この曲は頭から聴き下していくと、最初主題が何かはよく分からない。しかし聴いていくうちにそれが見えてきて、最後まで聴き終えたあともう一度頭から聴くと、平然と歌われていた歌詞に強い感情がこもっていたことに気がつく。この歌の構造に面白さがある。
頭から順に解釈していく。
遠い遠い昔からある花に名前をつけて笑いあおうよ
隠し事はないよ 僕も君も 分かってるんだよ そのままでいてよ
幼い子供らが戯れあっている景が浮かぶが確信はない。「花に名前をつける」とは一体何なのか。「君」とは誰か、「僕」にとってどんな存在なのか。疑問は残る。
Sunrise&Sunset 嘘つきは死なない
Sunrise&Sunset 争いは止まない
Sunrise&Sunset 欲しいものは尽きない
Sunrise&Sunset 悲しみは消えない
教訓、あるいは定理めいた言説が羅列されているが、つまるところ何が言いたいのか要領を得ない。一番が終わったのに主題は今ひとつ分からない。
青い青い空の色に恋い焦がれ 立ち止まる度 振り回されて
くるくると踊るように暮らしながら歌ってるなら 僕も歌うから
一番よりは進展がある。ここの歌詞は君への言及だろう。君が天真爛漫に楽しく生きているなら、僕も明るく生きていける。そんなとこだろうか。歌ってる“から”ではなく「歌ってる“なら”」であるから、主体は君の今を想像しているだけなのかもしれない。だとすると今二人は一緒にいないのか?
Sunrise&Sunset 嘘つきは死なない
Sunrise&Sunset 争いは止まない
Sunrise&Sunset 欲しいものは尽きない
Sunrise&Sunset 悲しみは消えない
一番と同じサビの繰り返しである。先よりは掴めなくはないが次に進もう。
ぐらぐらの頭さらに揺らしながら 君のことだけ考えている
いつか見た夏の海も冬の星も消えてしまうだろう 無くなってしまうだろう
ドラムだけになることで頭の「ぐらぐら」感が出ていて面白い。永遠の不可能性に思いを馳せる、というのは恋する人の典型的な行動である。となると君は恋人、あるいは意中の人か?
遠い遠い昔からある花に名前をつけて笑いあおうよ
隠し事はないよ 僕も君も 分かってるんだよ そのままでいてよ
ここが実はめちゃくちゃアツい部分なのだが、それは後ほど。
Sunrise&Sunset 君からの手紙を
気にしてないよの一言を
忘れたあの歌の続きを
Sunrise&Sunset ずっと待っているんだよ
曲はここで最高潮に盛り上がる。あぁ、色々言ってきたが、主体は結局これが言いたかったのだな。ここまで来てやっとこの曲の在り方が分かる。つまり“別れてしまった恋人への歌”、そして“関係の再開を願う(がおそらく叶わない)歌”なのだろう。一度そう分かってしまうと、繰り返されるサビの歌詞が一気に意味を持ちエネルギーが押し寄せる。
Sunrise&Sunset 嘘つきは死なない
Sunrise&Sunset 争いは止まない
Sunrise&Sunset 欲しいものは尽きない
Sunrise&Sunset 悲しみは消えない
全て否定的に主張されているところに主体の自責の念が見え、羅列される一つ一つが主体の後悔の念の訴えのようである。しかし実は本当に言いたいことは一番最後の「悲しみは消えない」だけなのかもしれない。日が昇り日が沈むのと同じように、嘘つきは絶滅せず、争いは止まず、欲しいものは尽きない。そして、これらと同じぐらい、悲しみは消えないのだ。普遍的な事実が先に羅列されているせいで、「悲しみは消えない」ということが主体にとっていかに“確からしい”ことかが嫌でも分かる。
歌の主題が掴めたところでもう一度頭に戻ろう。一度目ではよくわからなかった部分だ。
遠い遠い昔からある花に名前をつけて笑いあおうよ
隠し事はないよ 僕も君も 分かってるんだよ そのままでいてよ
戻ってきて気付くのだが、この花とは“二人の関係”あるいは“好きという感情”のことではないだろうか。恋人にならんとしていた日のことを懐古しているではないだろうか。そう思うとよく分からなかったこの部分も随分重みを持つ。花に名付けるという比喩から感じる幼さに、かつて無邪気な子供らのように根拠もなく信頼し合っていた二人が想像される。そして、そう信じ合える喜びを今さら思い知り、嘆いているようでもある。この幼さによって深みを出す比喩はなかなか秀逸である。この歌詞が冒頭、そして大サビ前に入っているのがとても胸にくることが、もう一度聴くとよく分かるだろう。
全体像が見えると、一見なんでもない歌詞が、嘆きに読める。平然とメロディーを歌い上げる小山田さんの歌声が、途端に切なく聞こえる。陽気なMVが空元気に思える。歌の“主題後置”とも呼ぶべき構造によってこのような気づきが生まれ、“平然→傷心”“無意味→有意味”と言う流れが作られているところが、この歌の面白味の一つだろう。
この歌そのものが、いつも平然と暮らしているがその背景にずっと君がいて、しかしやはり何でもないように生きている、未練タラタラの失恋者のようではないか。
未練が肯定的に解決することは稀である。思いの丈を陽気に歌い上げるこの歌は、多少その苦しみの救いになるかもしれない。失恋者に幸あれ!