Manaka Harumichi

週間こもっているうちに外は春になっていた

 まだまだコートが手放せない三月上旬、久しぶりに風邪をひいた。ひどい喉風邪だった。唾を飲み込むのも苦労するほど右の扁桃腺が腫れ上がり、熱と倦怠感もあった。昨今流行りの感染症が頭をよぎって寒さの中を病院へ向かうと防護服をまとった医者が出てきた。そんなに重装備するのか……と実験体のような寂しさを感じながら鼻の奥をぐりぐりされ待つこと十五分、幸い検査結果は陰性だった。喉の薬と解熱剤を処方され、もう間もなく回復するだろうと胸を撫で下ろした。しかし撫で下ろした結果、症状が軽くなるたびに布団から抜け出し、また悪化させるという愚行を繰り返し、お手製の熱力学的サイクルにはまってしまった。画竜点睛を欠くとはこのことか。

 結局、全快したのは発症の一週間後だった。やっと元の生活に戻れると久々に家を出たとき、違和感を覚えた。買い物に行こうと玄関を一歩出て、おや?と思う。近くのライフまで自転車を漕ぎながら、おやおや?と思う。これはもしや。
 違和感を覚えるのは、冷たい空気が肌を刺さないこと、手がかじかまないこと、羽織ったコートを邪魔に感じること、なんなら風が心地よいこと。加えて、道を行き交う人たちの足取りもどことなく軽い気がする。街が少しだけふんわり膨らんでいるような、そんな感じ。初めてではない。大学に落ち浪人前最後にと友人と横浜を歩いたとき。合格と共に上洛し一人暮らしを始めたとき。もっと遡れば初めてランドセルを背負って、もしくは初めて制服を着て、あるいは初めて自転車に乗って登校したとき。同じように街はふんわり膨らんでいた気がする。他にもそう、例えば、この膨張する空気には新品の教科書の匂いが合うことを僕はよく知っている。あぁ、そうか。

 僕が一週間こもっているうちに外は春になっていたのだ。